toukubo すげえ全然よく考えないで直感でかく僕はマルクスが大好きだしマルクスの経済分析は今でも、というか今こそもの決定的で支配的な理論になりうると思っているが、マルクスの仕事を「資本というものの運動性や商品というもの、市場というものの分析」と「共産主義というアイデア」に分けた時に、後者はクソ嫌いだ。バカ過ぎ。歴史上最高の分析をしたこの人が、このバカアイデアを思いつくとは。という感じ。共産主義の失敗によって資本論の偉業が台無しになったことはよく語られることだけど、どちらも驚異的だ。資本論の驚異的な精密さもすごいし、共産主義のバカじゃないのこの人感もすごい。資本論では私有がやべえって話までは語られる。でそこから私有の否定と次の社会システムとして私有を配して財産を共有したやり方でやろうって話が出てくる。人間がコミュニケーションを完全に取れる多様性と共有性、他者愛ベースで動き自己愛ベースで動かない人たちの集合になったとしてもそうはいくまいと思う。でいやさっきパッと思いついたのは「共有」のことだ。新しい共有といエバいいか。僕は「資本論が間違っていた唯一のポイントで、そして共産主義の代わりに資本主義という滅びゆくシステムの中から排出される次のシステムのキー」はイノベーションだと思っている。イノベーションのもっと柔らかい解釈をしたもの。ふむ。書いていた思ったがイノベーションの共有なんだろうな。これは「二歩先」の話だ。c>rになるって何度か書いてきた。cってのはcreativityで、創造性資本、イノベーション資本、よくするという行為が資本化している。rはピケティがr>gといったそのr。資本からの利子率。gは営業利益。で創造性資本、例えば企業がイノベーションをする時、もっと具体的にはじゃあアップルや、シリコンバレーのスタートアップ企業が0から5000億円、腸炎、100兆円の価値を持つ企業にな李、そしてまたその「キャピタルゲイン」を持つ時、そこには巨額の資本が投資され、1000の失敗の中で1000兆円の投資の失敗の中で、100兆円くらいの利益が生まれる。これが恒常化して、またこの10%の利率率ってのがこのcの資本に平均化した後に現れるようになると、rを上回るようになる。rはgに引っ張られてきた。マルクスは労働者搾取利益(利子)以外に利益厳選がなくなると言って、実際にgは0に向かって減っていく。唯一の利益厳選は他にあるとしたらcだった。あとは「第三者世界搾取」という過渡期の利益がある。日本人が2000年くらいまでの間享受しててこのせいで誤解して「大企業に努めればお金持ち」という誤解を生んでいるあれだ。そんでrはgに因果されるがgが0ならrも0になり、よって私有資本は成立し得ない。これがマルクスがゆったことだ。その通りになろうとしている。マルクスは「イノベーションは素晴らしいのだが、競争によってすぐに0になる」と言った。イノベーションは発生した後にgを最大化せるが、その後0になる。その間しか利益を生まず、無視できるほど小さいと言った。ところがcが定常化した。これが2000年以降の人類史上最大の衝撃で社会システムの転換の最大のものだ。これについてもっと世界が語ってくれるといいと思う。そして「人工知能が創造性最大の知能になり、cは人工知能によって担保される」ということがシンギュラリティの意味でもあるってことも合わせて。さてそんでなんだけど、そんなcのエコシステムは広く強く「共有性」を使うようになった。面白い。シェアリング。これは共産主義がいったシェアリングではなく「イノベーション資本が、破壊的な市場創出を行うに際してスケールメリットの跳躍的利用を行う最大の武器」になった。そしてまた社会システムの費用削減の基礎にもなっている。例えば「道」は車と人によって「シェアリングされている」ということだ。cが常に連発していることによってgが保たれ、それゆえrが可能になる。もともとr>gはgがあるとしてもrがそれを買収できてしまうということに由来しているのだが、cがgと違うのは二点ある。1. rはcだけは買収できない。よってcはrをコントロールできる。2. cは、「gの利益の総体を時間圧縮して事前に資本化」することができるという特徴を持つ。時間を超えちゃう。rがそうであるように。さて「cの共有」が新しい「共産と資本主義の合いの子」として、また「gやrという定常性、社会のホメオスタシスを担う仕組み」と拮抗する「変化を担い資本」言い換えれば「死が生をコントロールする」という点で僕はそこに共有がるのがとても面白いと思う。例えばcの中では「イノベーション人材は共有され、またアイデアは無償共有され、合成される」ようになってってる。なんてことだ。ところで「新しさの時代になった」と思った。変化が常態化する時代に。その時には、これも何度か書いてきたが「スーパーイノベーター」みたいな人だけじゃなくて、おばあちゃんでも、誰でも、イノベーションにコミットできるようになり、イノベーションにコミットする人がすなわち利益を得ることになる。そのイノベーションに連結する振る舞いはどんどん「低粒度」になってく。おばあちゃんが今日発明した小さな「新しく、体に優しい雑巾の絞り方」がある企業に利用されるようになったり、その「利用方法というアイデア」がメタにまた細かく分解され別の新しさの起源となる合成を生む。その時に絶対要件として「創造されたものは共有される」が行われる。うーん惜しいなんかもうちょっと深いところ見えたのだが。。。共産主義をイメージできた時のマルクスは「資本共有」に「増殖しないという属性」を見たのかどうかなんだ。親父や森稔さんは千人の人と共有してヒルズを作るというアイデア、シェアリングを用いることにした。ただ彼らみたいな天才がトップダウンでイノベーターとして共有を持ちかけることではダメなんじゃないかという気がする。アイデアややり方は天才によって合成されるにせよ無償であるべきだ。なんだろうかなんだ多分ここだ。イノベーションのコミットする方法自体に共有性が入るのかもしれない。おおおおお。。。それか。。。